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6月にJALの機内誌で素敵なページをみつけたのでご紹介します。
「お父さん、自分から誘っておいて・・・」
時計をみると、約束の時間をもう10分すぎている。私はふっとため息をついた。今日は私の誕生日だ。父は予定なんて特にないよ、という私をなかば強引にさそったのだ。まったくどうして私は22歳の誕生日にお父さんとデートなんだろう。
それに、銀座なんておしゃれな場所、お父さんには似合わない。いったい何を」するつもりなんだろう。
「待たせたな」と、ぬっと父が現れた。「呆れた。もう15分すぎてるよ。いったいこれからどこにいくの?」父は所在なさそうにちょっと笑って歩きだし、あるショーウィンドウの前で立ち止まった。父の視線のさきには、美しいネックレスが飾られていた。白く艶やかに光るパールに、品のいいハートのトップがついている。
「きれい・・・・」おもわず私は息をのんだ。
「お前はお母さんの子だなあ」私の顔をじっとみて、父はつぶやいた。
私は幼いころに母をなくしていた。それ以来、父は再婚もせずに男手ひとつで私を育てた。
父があまり話したがらなかったためか、私には母の記憶はほとんどなかった。
「お母さんの22歳の誕生日・・・・。まだ結婚前だ。銀座でデートしようということになった」
唐突に父は話始めた。初めて聞く父と母の昔話だ。いったい何をいいだすんだろう。
「お父さん、めいいっぱい奮発してフランス料理をごちそうしたんだ。お母さん感激してくれてなあ。こんな素敵なレストラン初めて来たわ、って」「お父さんそんなことしてたの。やるね」
ちょっと茶化す私に、父も笑った。
「レストランからの帰り、お母さん、ある店のショーウインドウの前で足を止めた。なんだろうとおもっていたら、飾ってあるパールのネックレスに目を奪われているんだよ」
「え?それってもしかして・・・・・ここ?」
父はゆっくりとうなずいた。
「お母さんうっとり見とれちゃってなあ。ああ女の人ってのはこういうきれいなものがやっぱり好きなんだなあって、そう思ったよ。
でもじーっと見つめていたと思ったら急にハッと振り返って“さあ、帰りましょう”って。
何もなかったように歩きだしたんだ。
お父さん何もいえなかった。なんせ、レストランであり金全部使い果たしてたからなあ、。だけど、そのときのお母さんの横顔が忘れられなくて・・・。いつかきっと、と思っていたんだよ」
父の目は、ネックレスの向こうに若き日の恋人の姿をみているようだった。
「その3年後にあんなことになるなんて・・・。パールは結局買わずじまいだったよ」
私は胸の奥がじんわりと熱くなった。
父と母の恋人時代。母は何が好きだったんだろう。どんな女性だったのだろう。今まで知ることのなかった母の若く美しい日々を、私は想像した。母は20数年前、確かにここにいた。
そして私と同じように、パールの美しさに見惚れ
、焦がれたのだ。
「買ってやるぞ」父はおもむろに言った。
「決めていたんだ。お前の22歳の誕生日にはって。来年はお前も社会人になるしな」
父は私にかまうことなく、中に入っていった。
私は今日の日のことをきちんと覚えておこうと思った。いつの日か同じように、自分の娘に初めてのジュエリーを贈る日がくるかもしれない。
そのときは、ここで今日の話を聞かせてあげよう。その日のことを思い浮かべながら、私は店のドアをゆっくりあけた |
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